あの日、5時46分、それから。

こんにちは、あの日からもう24年もたったのかと時間の速さを感じるHIROSHITAです。

1995年1月17日の朝は、それまで経験したことの無い大きな揺れで飛び起きました。

すぐに実家(西宮)に電話をして、親が無事だったことを確認してから、一体なにがあったのかとテレビをつけました。

最初は街中の映像も流れず、情報も交錯した様子で、見ていても状況がいまひとつ把握できませんでしたが、時間とともに震災の大変な様子が映しだされるに及び、
改めて「えらいこっちゃ!ほんまにみんな大丈夫か?」という気持ちになり、再度、何度も実家に電話するもつながりませんでした。

心配になり、実家に向かって急いで車で飛び出たのですが、道路は大渋滞。
そして、通常であれば40分くらいで行ける西宮に8時間かけて到着。

するとすぐに、当時神戸にいた弟が神戸市内の病院に運び込まれたとの連絡が。

そのまま、車で六甲山の山道を経由して、途中で「神戸方面に行くなら乗せてほしい」と声をかけてきた見知らぬ2人を後部座席に乗せて、神戸まで行きました。

弟がいた2階建てアパートは全壊しましたが、2階にいたことで大きな怪我もなく、そのまま実家に連れて帰りました。

震災当時の状況と記憶は、そんな感じですが、高速道路や電車が横転し、ビルや家が倒壊し、街中のあちこち火災が発生し、真っ暗で寒い中、住む場所が無くなり、
人々が大変なことになっている時も、東大阪に帰る道すがら、淀川を渡った時に目の前にあった夜の大阪の街の、
それまでと何ら変わらないような、きらびやかなネオンの灯りは忘れられないです。

こんなに被災地と近いのに、全く別世界のようにあたりまえにあるその状況に少し無常感を覚えた記憶があります。

<今日の語縁> LOCAL CONNECT「スターライト」から
1人ではないと理解した今、目に映る全てが愛しく光るから